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東京地方裁判所 平成8年(ワ)21960号 判決

原告

甲野太郎

外一名

原告ら訴訟代理人弁護士

金澤優

被告

野沢温泉村

右代表者村長

久保田哲夫

右訴訟代理人弁護士

坂東克彦

主文

一  被告は、原告甲野太郎に対し、三四七二万一二四八円及びこれに対する平成六年一月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告甲野花子に対し、三四七二万一二四八円及びこれに対する平成六年一月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを五分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

五  この判決は、第一項及び第二項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告ら各自に対し、それぞれ四二五〇万円及びこれに対する平成六年一月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告らは、後記2のとおりの事故で死亡した甲野二郎(以下「二郎」という。)の父母である。

2  事故の発生

二郎は、平成六年一月二七日午前一〇時ころ、野沢温泉スキー場(以下「本件スキー場」という。)のスカイラインコース(以下「本件コース」という。)を滑走中、コース途中の橋(以下「本件橋」という。)の上でバランスを崩し、そのまま本件橋の北側の縁に向って滑走し、同所に設置されていたスキーヤーの転落防止用ネット(以下「本件ネット」という。)に肩から衝突した後、右衝突による衝撃と二郎の身体の重みで本件ネットが外側にたわんだことによって生じた本件橋と本件ネットとの隙間から転落し、約一一メートル下のジャンプ台の砂防壁上のガードレールに頭部を打ちつけ、さらに、砂防壁上の積雪に頭から突入したため、脳坐傷の傷害を受け、同日、右傷害により死亡した(以下「本件事故」という。)。

3  被告の責任

(一) 公の営造物の存在及びその設置・管一理主体

本件事故現場である本件橋は、昭和四七年に被告が管理する本件スキー場に七〇メートル級ジャンプ台を建設する際に切削した尾根を結合し、従前存在したスキーコース(本件コースと同一のもの)を修復するために、被告によって尾根の欠落部分に昭和四九年に設置されたものであるから、国家賠償法二条一項の「公の営造物」に該当する。

(二) 設置・管理における瑕疵の存在

(1) 本件橋から直下の七〇メートル級ジャンプ台までは約一一メートルの高さがあり、しかも、ジャンプ台への土砂の流入を防ぐために、本件橋の直下にコンクリートの砂防壁が設置されていたことから、スキーヤーが滑走中に本件橋から転落した場合は、右砂防壁に激突して死亡する危険があった。

(2) 本件コースの本件橋の前後に位置する尾根部分の平均斜度は一五度であるのに対し、本件橋の斜度は四度と急激に斜度が変化し、しかも、本件橋上の部分は滑走面の整備が不良で左右方向に段差があったことから、本件コースを滑走するスキーヤーは、本件、橋に入った途端に加速度が大きく変わり、体のバランスを崩しやすい上に、段差によって足を取られやすい状況にあった。また、本件橋上にはガードレールが設置されているものの、その高さは積雪時には雪面よりわずか数十センチメートル出ているにすぎず、それは本件コースのための雪を支える役割しか果たしていなかった。

(3) 本件橋が右のような状況であったのであるから、本件橋上にスキーヤーの転落防止のための十分な設備を整える必要があったにもかかわらず、本件橋上の本件ネットは、十分な強度を持ったものではなく、編み目は荒く破けやすいものであっただけでなく、その上端は本件橋上のガードレールに固定されていた支柱のフックに留められていたのみであり、その結束間隔は約三メートルと荒く、その下端は、本件連絡橋上のガードレールに接しておらず、また、ガードレールに結束されていなかったため、ガードレールの外側に容易に膨れるようになっており、到底スキーヤーの転落防止に耐え得るものではなかった(仮に、本件ネットとガードレールが結束されていたとしても、被告が結束に使用していたと主張するビニール紐は幅約八ミリメートルの薄いものであり、スキーのエッジが当たれば容易に切れる程度のものであった。)。

(4) よって、本件においては、国家賠償法二条一項の公の営造物の設置・管理の瑕疵の存在が認められるから、その設置・管理の主体である被告には、同法二条一項により、原告らに生じた損害を賠償する責任がある。

4  原告らの損害

本件事故のために二郎及び原告らが被った損害は、次のとおりであり、原告ら各自は、被告に対し、それぞれ六五九九万五三八九円の損害賠償請求権を有する。

(一) 逸失利益

二郎は、本件事故当時A大学工学部工業経営学科三年生で就職活動準備中であり、大学卒業及びその後の大企業就職は確実であったから、本件事故で死亡しなければ二一歳から六七歳までの四六年間就労可能であったのであり、その間、平成八年賃金センサス第一巻第一表産業計、企業規模計、学歴計新大卒の男子労働者全年齢平均給与額である年額六七七万八九〇〇円の収入は得られたはずである。そこで、右年収を基礎として、控除すべき生活費を五割とし、ホフマン式計算法により年三分の割合による中間利息を控除して逸失利益の現価を算定すると、次のとおり九六九九万〇七七九円(円未満切り捨て)となる(なお、複利計算であるライプニッツ式計算法は、特に擬制的な民事法定利息で長期間の中間利息を控除する場合には極めて歪みが大きくなるとともに、すべて利息が同一の利率で再投資されるという前提が実態に即しておらず、また、現在の市中金利及びその上昇可能性、税金控除による不利益等の事情を考慮すれば、中間利息の控除についての年利率を年五分とする点で妥当でない。)。

計算式 6,778,900×(1−0.5)

×28.61549205=96,990,779円

(二) 二郎の慰謝料

二郎は、前途有望な、明るい性格で多くの人から好かれる青年であり、本件のスキーツアーを計画して友人と共に野沢温泉スキー場を訪れるなど本件事故当時は大学生活を満喫していたのであり、かかる人生最良の時期に本件事故によって短い一生を終わらなければならなかった本人の無念さを考慮すると、二郎の慰謝料としては二〇〇〇万円を下らない。

(三) 原告らの相続

原告らの他に二郎の法定相続人はいないから、原告らは、二郎の死亡により、右逸失利益の賠償請求権及び慰謝料請求権につきそれぞれの二分の一である五八四九万五三八九円を相続により取得した。

(四) 原告らの慰謝料

原告らが、その将来を嘱望するとともに、仲が良かった二郎を亡くしたことによる精神的苦痛は極めて甚大であり、本件事故後現在に至るまで誠意のない対応をするばかりであった被告の態度をも考慮すると、原告らの慰謝料としてはそれぞれ三〇〇万円(合計六〇〇万円)を下らない。

(五) 葬儀・供養関係費用及び被告との交渉費用

原告らは、二郎の葬儀費用として合計約四八五万円、現地供養のための費用及び被告との交渉のための費用として次のとおり合計一〇五万五八二〇円を支出したが、そのうち本件事故と因果関係の認められる損害として、葬儀費用につき三〇〇万円、現地供養のための費用及び被告との交渉のための費用につき一〇〇万円の賠償を求める。

(1) 現地供養(野沢温泉村健命寺)のための費用(平成六年七月三〇日、三一日)

宿泊費(原告ら及び二郎の友人他一四名) 二七万二〇〇〇円

交通費(右同) 二三万七一二〇円

供養代等 五万円

合計 五五万九一二〇円

(2) 野沢温泉村における被告との交渉のための費用(平成六年一一月一二日、一三日)

宿泊費(原告ら) 三万円

交通費(右同) 二万九六四〇円

その他の費用 三万円

合計 八万九六四〇円

(3) 野沢温泉村における被告との交渉のための費用(平成七年五月二七日、二八日)

宿泊費(原告ら及びその他五名)

一〇万五〇〇〇円

交通費(右同) 一〇万三七四〇円

その他の費用 五万円

合計 二五万八七四〇円

(4) 野沢温泉村における被告との交渉のための費用(平成七年一一月二〇日)

交通費(原告ら) 二万九六四〇円

その他の費用 一万円

合計 三万九六四〇円

(5) 野沢温泉村における被告との交渉のための費用(平成八年五月二一日)

交通費(原告ら及び原告代理人)

四万四四六〇円

その他の費用 一万円

合計 五万四四六〇円

(6) 飯山警察署における被告との交渉のための費用(平成八年六月一三日)

交通費(原告甲野太郎)

一万四五八〇円

その他の費用 五〇〇〇円

合計 一万九五八〇円

(7) 湯沢における被告との交渉のための費用(平成八年八月八日)

交通費(原告甲野太郎及び原告代理人) 二万四六四〇円

その他の費用 一万円

合計 三万四六四〇円

(六) 弁護士費用 五〇〇万円

5  よって、原告ら各自は、被告に対し、国家賠償法二条一項に基づく損害賠償として、前記各損害金六五九九万五三八九円の内金四二五〇万円及びこれらに対する本件不法行為の日である平成六年一月二七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否、反論

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、二郎が本件コースを滑走中、本件橋に設置されていた本件ネットに衝突し、本件コース外に転落し死亡したことは認めるが、二郎が本件コース上でバランスを崩し、そこから本件ネットに衝突して本件橋から転落するまでの態様は不知、その余の事実は否認する。

本件ネットの下端部と本件橋のガードレールとは三メートル間隔で立てられた支柱部分で結合され、さらにその中間二箇所で本件ネット下端部とガードレールがビニール紐で結束されていたが、二郎の本件ネットへの衝突の衝撃で右ビニール紐が切れ、衝突でできた間隙から、二郎は本件ネット外に飛び出し転落したものである。

3  同3(二)の事実はすべて争う。次のとおり、本件橋の設置・管理に瑕疵はなく、被告のとった安全対策に落ち度はない。本件事故は、二郎のマナー、ルールに反した異常な滑走に起因するものであり、かかる事態に対応できる安全対策を要求することは、スキー場の管理者に不可能を強いているものである。

(一) 本件橋の設置・管理に瑕疵がないことについて

スキー場の管理者は、スキーヤーの安全に留意し、事故を未然に防止すべき一般的な注意義務を負うものであるが、立木やリフト支柱にマットを巻く必要性、防護用ネットを張る必要性、標識の立て方などの危険防止措置のとり方については、そのスキーコースやゲレンデが初級者向きであるか上級者向きであるかなどの事情によって異なるのであり、いかなる危険防止措置を講じるべきかについては、具体的事例に即して判断されなければならない。

本件コースは、本件スキー場の中でも難コースの部類に属し、上級者向きコースとされているが、かかる上級者向きコースを滑走するスキーヤーは、一般スキーヤーよりも更に高度の安全注意義務を負うのであるから、尾根コースだからといってコースの脇にすべて防護用ネットを張らなければならないということはなく、また、危険な箇所に標識を設置しなかったからといって直ちにスキー場の責任が問われるというものでもない。しかし、本件コースについては次のような安全措置がとられており、それは本件コースの危険度に対して十分なものであったから、本件橋の設置・管理の瑕疵は存在しなかった。

(1) 本件コースは上級者向きコースであり、また、本件橋の前で斜度が急になり、コース幅が徐々に狭まっており、本件橋では滑走幅は約一〇メートル、斜度は水平に近く、ごく穏やかになっていたことから、被告は、本件コース入口にコースを塞ぐ形で、本件コースが上級者向きであること、初心者の滑走を禁止することを内容とする標識を立て、さらに本件コース途中にも同様の標識を立てて注意を促していたほか、本件橋の両側手前には、その先に橋があることを示し、危険であるから速度を落とすよう指示する内容の標識を立てて、滑走するスキーヤーに注意を促していた。

(2) 本件橋上の両側にはスキーヤーの転落防止のために強固な防護用ネット(本件ネット)が設置されていた。本件橋上の両側には、橋床から高さ約九〇センチメートルのガードレール(四段)が設置され、その内側にはガードレールの三段目がほぼ隠れる程度までパネル板が針金で取り付けられていた。本件ネットは、高さ一五〇センチメートルで、右ガードレールの外側に立てられた金属支柱に張られており、最上部と最下部には太いナイロンテープが通され、最下部は支柱(支柱と支柱の中間部分についてはガードレール)にビニール紐で強く結び付けられていた。二郎が衝突した個所付近(支柱と支柱の中間部分)にも、本件ネットとガードレールとを結束するビニール紐があったが、衝突により切れてしまった。

(二) 二郎の滑走について

スキーは、危険を伴うスポーツであり、スキーヤーは、自己の責任において、自己の技術、体調、気象条件、雪質、コースの状況などに合わせて、コース及びスキー用具を選択するとともに、滑り方やスピードをコントロールしながら、標識に注意し、障害物や危険箇所には近寄ることなく、安全に滑走しなければならない。

二郎がともに滑走したグループには初級者もおり、二郎自身も中級の下程度の技術を有するにすぎなかった。かかるグループが本件コースのような上級者向きコースを初めて滑走するような場合には、随時立ち止まって前方を注視し、コースの状況や障害物の有無等を確認し、安全に最大の注意を払う必要がある。ところが、二郎らのグループは、本件事故当時の朝に夜行バスで到着し、朝食もとらずに滑走を始めたにもかかわらず、途中一回程度しか休息を取らずに滑走を続け、本件コース入口と本件橋の手前の標識にも目を配らず、本件橋の存在すら分からずに本件事故現場に入った。

そして、尾根コース、特にコースが狭まる箇所や、障害物等が存在するような危険な箇所を滑走するスキーヤーは、常にスピードをコントロールし、徐行したりあるいはいつでも停止できるスピードで滑走を行い、自らの身体や生命に危害が及ぶのを防止しなければならない。ところが、二郎は、前方を注視せずに漫然と滑走を続けたことにより、本件橋近くでスキー操作を誤ってバランスを崩し、本件橋上ではスキー操作の自由を完全に失い、姿勢を立て直すことができないまま、片足に乗った姿勢で右に回りながら、かなりのスピードで上半身から本件ネットに衝突し、本件ネットの最下部をめくりあげる態勢でネット外に飛び出し転落した。

また、二郎の履いていたスキー板は、通常上級者でも履いていない二メートル三センチのもので、中級の下程度の技術を有するにすぎない二郎が、尾根コースであり、しかも、新雪が積もっており滑りにくい状態となっていた本件コースでかかるスキー板を履きこなすことには最初から無理があった。

本件事故発生までに本件橋を通過したスキーヤーは推定で二二年間で約四七五万人に達しているにもかかわらず、これまで本件ネットから転落したスキーヤーは皆無であることからしても、二郎の滑走の異常性は明らかである。

4  請求原因4の事実はすべて知らない。

三  被告の反論に対する認否、再反論

被告の反論はいずれも否認ないし争う。次のとおり、二郎には本件事故に関して何ら帰責事由はない。

1  本件コースは、野沢温泉スキー場では中級者から上級者向きとされているが、実際にはボーゲンでも滑走できるコースであり、初級者の多くも滑走していたこと、二郎がともに滑走したグループには初級程度の技術を有するにすぎない者から上級者までいたが、二郎の技術は中級の上程度であり、パラレルターンはほぼできたことからすれば、二郎が本件コースを滑走するのに特に危険はなく、二郎のコース選択には誤りは存在しなかった。

2  二郎は、夜行バスで本件スキー場に向い、本件事故当日の朝に到着したものであるが、十分は睡眠をとっており、また、本件コースの滑走中に一回休息したことから、本件事故当時は特に疲れていなかった。

3  二郎の滑走には何ら異常な点は存在しなかった。二郎は、慎重な性格であり、本件橋の幅が狭いので事前に速度を落としていたし、先行者もいたことから、本件事故当時の二郎の滑走速度は特に速くはなかった。また、二郎は、本件コースの整備不良のために本件橋の水平部の前半部でバランスを崩したのであるが、スキー場でバランスを崩すことは、スキーヤーの技術にかかわらずよくあることであるし、バランスを回復するには多少の距離と時間は掛かるし、転倒することもあるのであり、かかる場合に備えて本件橋の両側に本件ネットが張ってあったはずである。二郎はバランスを崩した後も必死にバランスを回復しようとしたが、回復する前に本件ネットに衝突してしまったのである。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1の事実及び同2の事実のうち、二郎が本件コースを滑走中、本件橋に設置されていた本件ネットに衝突し、本件コース外に転落し死亡したことは、当事者間に争いがない。

二  そこで、本件コース、本件橋及び本件事故の状況について検討する。

1  検甲第一号証、甲第二号証、第一一ないし第一四号証、第一六号証、第一七号証、乙第一号証、第二号証、第一四ないし第二〇号証、第二一号証(一部)、第二六号証、第二九号証の一、二(一部)、第三〇ないし第三二号証、証人C及び同Bの各証言、証人Dの証言(一部)並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  本件コースは、昭和四七年に第一五リフト(現向林展望リフト)終点から下部が開設されたものであるが、本件事故現場である野沢温泉シャンツェの七〇メートル級ジャンプ台の上部に位置するコース部分は、従前ヤセ尾根に沢が入り込むような形態で危険な状態にあったため、昭和四九年に上部の尾根と下部の尾根とを架橋するような形で本件橋が設置された。さらに、昭和五一年には小毛無山頂上から第一五リフト終点までのコースが整備されたことにより前面開設となったものであり、滑走距離約五〇〇〇メートル、標高差約八八五メートル、傾斜度最低約一八度、最高約三二度の尾根コースである。

本件コースには、カーブが連続したり、傾斜度が急になっていたり、尾根コースのためコース幅が狭くなっている箇所があり、本件事故当時、本件コース入口には「ここは上級者コースです」と記載している看板及び初級者は侵入禁止の表示がある看板が設置されていたが、本件事故が発生した平成六年作成の本件スキー場のゲレンデガイド(甲第二号証)には、本件コースは中級者から上級者向きとされていた(なお、右ゲレンデガイドによれば、本件スキー場にはスキーコース及びゲレンデが合計一七箇所あり、その内訳は、初級者向きが六箇所、初級者から中級者向きが一箇所、中級者向き及び中級者から上級者向きが各三箇所、上級者向きが四箇所となっている。)。

(二)  本件橋は、本件コースを約四分の三ほど下がった地点に存在しているが、前記(一)のとおり尾根と尾根とを架橋する形で設置されたため、本件橋の両側は橋桁の下まで空間となって、垂直に落下する状態になっており、特に、北側の縁から斜め下に位置する七〇メートル級ジャンプ台の滑走開始地点までは約一一メートルの落差があり、そこから本件コースと約九〇度の角度で向林ゲレンデに向って右ジャンプ台が延びている。さらに、ジャンプ台の滑走開始地点と本件橋との間にはコンクリート製の砂防壁が設置されており、右砂防壁の上には鉄パイプ製のガードレールが設置されているが、右ガードレールは本件橋の北側の縁のほぼ真下の位置にある。

本件橋の長さは、北側が約四二メートル、南側が約四八メートルであり、幅員は約一〇メートル、傾斜角は山頂側から最初の約一〇メートルが約一一度、次の約一六メートルが零度(水平)、次の約一〇メートルが約一一度、そこから最後までが約一八ないし二〇度である(なお、本件橋の手前約五〇メートルのコース部分は、コース幅約一五メートル、傾斜度約17.5度である。)。

(三)  本件事故当時、本件橋の両側には四段のガードレールが設置され、その内側には右ガードレールの三段目まで及ぶ高さ九〇センチメートルの厚手のベニヤ板が針金で取り付けられ、外側には橋の北側に一七本、南側に一八本の金属製の支柱が約三メートル間隔でガードレールに固定されて立てられていた。ガードレールの上部には転落防止用に本件ネットが張られており、本件ネットは、高さ一五〇センチメートルの化学繊維製のネットで、支柱とガードレールの内側に張られており、その最上部と最下部にはナイロンテープが通され、最上部は支柱のフックに掛けられ、最下部はガードレールの四段目下部の支柱部分にビニール紐で結び付けられていたが、支柱の中間部や支柱と支柱の間では結束されておらず、風によって内側又は外側にたわむような状態であった(なお、本件ネットは本件事故の翌年に補修され、支柱と支柱の間で本件ネットとガードレールとがマニラロープで結束されるようになり、現在はネット自体が鉄製のものに改修されている。)。

(四)  本件事故当時、雪が降っていたため、視界はやや不良であったが、コース脇の標識やコース幅等の自己の滑走しようとする前方の状況が判別できなくなるほどではなかった。本件コースには圧雪した上に数センチメートルの新雪が積もっていた。また、本件スキー場の積雪は一一〇センチメートルであり、本件橋上の両側部分にはベニヤ板がほぼ隠れる程度まで積雪があり、四段のガードレールは最上部の一段だけが雪面より上部に出ている状態で、大人の膝くらいまでの高さしかない状態となっていた。

(五)  二郎は、平成六年一月二六日夜、大学の友人ら一五名と共に、旅行会社の企画によるスキーツアーの夜行バスで東京駅を出発した。バスは同月二七日午前六時ないし七時ころに湯沢温泉村に到着し、二郎らは、宿泊予定の野沢ビューホテルに荷物を預け、着替えを終えると、朝食を摂ることなく本件スキー場に向かった。なお、二郎らのグループには、スキーの上級者からボーゲンによる滑走がようやくできる程度の初級者までいたが、二郎自身の技術は、ウェーデルンがきれいにできるほどではないが、パラレルターンによる滑走であれば可能な程度であった。

二郎らは、最初に全員でパラダイスゲレンデを滑走し、その後二手に分かれて、ユートピアペアリフト下付近で合流した後、再び全員でリフトを乗り継いで本件コース入口に到着し、そこから、特に滑走する順番を決めることなく、一人ずつ本件コースの滑走を始めた。当時は午前中であり、本件コースが空いていたことから、二郎らは、それぞれが自分の前を滑走している者の速度に合わせるようにして、五メートルないし七メートル程度の間隔をあけながら縦列になって滑走していった。二郎は、グループの九番目くらいをパラレルターンで滑走し、二郎のすぐ後にはB、その後にはCが滑走していた。二郎らは、コース入口と本件橋の中間地点付近で一回休憩した後、同日午前一〇時三〇分ころ、次々と本件事故現場である本件橋に入っていった。

(六)  二郎は、本件橋上を滑走中、橋の水平部分のコース中央付近ないしやや南側で突然身体のバランスを崩し、後傾姿勢となり、片足が地面から離れてスキーの制御ができない状態で橋の北側に向かって斜めに滑走した結果、本件橋北側のガードレールにスキーが衝突した衝撃により前のめりの体勢になって、本件ネットの支柱と支柱のほぼ中間付近に右肩から突っ込んでいった。本件ネットは、衝突の衝撃と二郎の身体の重みによって外側にたわみ、二郎の履いていたスキー板の一方が本件ネットに絡まったため(なお、二郎の履いていたスキー板のもう一方は、本件コース先で発見された。)、二郎の身体は、一瞬、本件ネットに逆さに吊るされたような状態となったが、間もなく、本件ネットが外側にたわんだことによってできた本件ネットとガードレールとの隙間から、身体が逆さになった状態のまま真下に転落し、砂防壁上のガードレールに頭部を打ちつけたのち、本件橋から約一一メートル下の七〇メートル級ジャンプ台の滑走開始地点の積雪に頭から突入した。その結果、二郎は、同日午前零時一六分飯山赤十字病院において頭蓋底骨折により死亡した。

2  証人Dは、支柱間の中央部分において本件ネットの最下部とガードレールとがビニール紐で結束されていたこと、右ビニール紐が衝突の際、二郎のスキー板によって切れてしまい、そのために本件ネットとガードレールとの間に二郎が転落するほどの隙間が生じたと供述し、乙第二一号証、第二九号証の二にはこれに沿う記載があるが、乙第一四号証、第一五号証によれば、本件ネットとガードレールとは、支柱と支柱の間では結束されていなかったことは明らかであり、右証言及び記載は到底信用できない。

三  被告の責任について

1  公の営造物についての被告の設置・管理

本件事故現場である本件橋が、被告が管理する本件コースの一部として被告によって設置されたものであること(請求原因3(一))については、被告において明らかに争わないから、自白したものとみなす。そして、右事実によれば、本件橋は、国家賠償法二条一項の「公の営造物」に該当する。

2  設置・管理の瑕疵

(一)  前記二1のとおり、本件橋の部分は、自然の地形を利用したスキーコースではなく、尾根と尾根とを架橋するために人工構造物である本件橋を設置し、スキーコースとしたものであり、それゆえ、本件橋の両側は山肌が自然の傾斜をもって下っていく地形ではなく、橋桁の下まで空間となって、垂直に落下する状態になっており、特に、二郎が落下した北側の縁からは、斜め下に位置するジャンプ台の滑走開始地点までは約一一メートルの落差があり、北側の縁のほぼ真下には砂防壁上に設置されていた鉄パイプ製のガードレールが雪面上に出ている状態で存在していたのであるから、スキーヤーが本件橋の北側の縁から転落した場合には、右鉄パイプ製のガードレールや積もっている雪面に落下による強い衝撃をもって衝突することにより、生命・身体に重大な危険が生じる可能性があることは容易に予測できたところである。

加えて、一般的にスキーヤーが高速で滑走することにより、あるいは、スキーヤー同士が衝突し又は衝突することを避けることなどにより、身体のバランスを崩し、制御不能の滑走状態になることも容易に予測し得るところであり、さらに、本件橋の手前のコース部分から本件橋に入る際には、滑走幅が従前の三分の二に減少して約一〇メートルと狭くなること、傾斜度も急に変化していることから、本件橋の手前のコース部分から本件橋に入ったスキーヤーが、身体のバランスを崩し、滑走を制御できない状態で、滑走幅が狭いために本件橋の縁に衝突する危険性を具体的に予測できたといわなければならない。そして、本件事故当時、本件橋の両側部分に設置されていたガードレールは、積雪により大人の膝ぐらいの高さしかなかったのであるから、スキーヤーが本件橋の縁に衝突した場合には、衝突の勢いによりガードレールを乗り超え、ガードレール上に転落防止のために設置されていた本件ネットに突っ込む可能性は大きかったのであるから、本件ネットは、スキーヤーによる衝突による衝撃を支えて、スキーヤーが本件橋の両側から転落することを防ぐ強度を備えておく必要があったといわなければならない。

しかるに、本件ネットは、前記二1のとおり、最上部が約三メートル間隔に立てられていた支柱のフックに掛けられ、最下部がガードレール四段目下部の支柱部分にビニール紐で結び付けられていたのみで、支柱の中間部や支柱と支柱の間では結束されておらず、風によっても内側又は外側にたわむような状態であり、二郎の本件ネットヘの衝突による衝撃と身体の重みを支えきれずに外側にたわみ、二郎は本件ネットとガードレールの間にできた隙間から転落してしまったのであるから、本件ネットは、本件橋上を滑走中、本件ネットに衝突したスキーヤーの転落を防止するための防護設備としては極めて不十分な状態にあったことは明白であり、本件橋は、スキーコースに要求される通常有すべき安全性を備えておらず、設置・管理の瑕疵があったといわざるをえない。

(二)  被告は、防護用ネットを張る必要性などの危険防止措置のとり方については具体的事例に即して判断されなければならず、本件コースは上級者向きコースであり、かかるコースを滑走するスキーヤーは高度の安全注意義務を負うから、コース脇の防護用ネットや危険箇所における標識がなくとも本件橋の設置・管理に瑕疵があるとはいえないと主張し、また、本件コースにおいては、コース入口や本件橋の手前の警告標識や本件ネットなど、本件コースの危険度に対して十分な安全措置がとられていたのだから、本件橋には設置・管理の瑕疵は存在しないと主張する。

スキーコースにいかなる危険防止措置を講じるべきかは、スキーコースの具体的状況や具体的危険性に応じて判断されるべきであることは被告主張のとおりであり、本件橋は、前記のとおり人工構造物として設置されてその橋上をスキーコースとしたものであり、本件橋の両側から転落した場合には生命・身体に重大な危険が生じる構造物であったのであるから、スキーヤーの衝突に耐えられる防護用ネットの整備が危険防止措置として必要とされていたものと認められるのであり、本件コースが上級者向きであったか否かは、その結論を左右するものとは考えられない。また、本件コースにおけるスキーヤーに対する警告標識が防護用ネットの安全性に代わるものと解することもできないから、被告の右主張は理由がないし、被告が本件ネットの安全性として種々主張するところはいずれも採用できない。

(三)  さらに、被告は、スキーは危険を伴うスポーツであるから、スキーヤーは、自己の責任において安全に滑走しなければならないと主張する。当裁判所も一般論としては被告の右主張のとおりであると考えるが、人工構造物である本件橋に前記に認定したとおり安全性に欠ける点がある本件においては、スキーヤーの自己責任の原則をもって右瑕疵を否定することはできないと解せられる。なお、被告が主張するその余の点については、過失相殺において判断すべき事項であると考えられる。

3  以上により、本件コース中の本件橋には、国家賠償法二条一項のいう設置・管理の瑕疵が存在し、本件事故の発生は右の瑕疵に起因するものであるから、被告には、公の営造物の設置・管理主体として、本件事故による原告らに生じた損害を賠償すべき任がある。

四  そこで、損害の点について検討する。

1  二郎の逸失利益

甲第一六号証によれば、二郎は、本件事故当時満二一歳の独身男性であり、A大学工学部工業経営学科三年生であったことが認められ、二郎が本件事故により死亡しなければ満二二歳から六七歳まで稼働可能であったことが推認されるから、平成六年賃金センサス第一巻第一表産業計、企業規模計、学歴新大卒の男子労働者全年齢平均年間給与額六七四万〇八〇〇円を基礎とし、控除すべき生活費を五割とし、ライプニッツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して逸失利益の現価を算出すると、次のとおり五七〇五万三一二〇円(円未満切り捨て)となる(なお、原告らは、中間利息の控除につきホフマン式計算法を用いるべきであると主張するが、右主張は採用の限りでない。)。

計算式 6,740,800×(1−0.5)×16.9277=57,053,120

2  慰謝料

(一)  前記認定の本件事故の原因や被告の責任事由等諸般の事情を考慮すると、二郎の死亡により二郎が被った精神的損害に対する慰謝料は、一八〇〇万円が相当であると認められる。

(二)  甲第三ないし第九号証、第一六号証によれば、原告らと二郎との関係は良好であって、原告らは、二郎の将来を嘱望していたこと、本件事故に関し、数回にわたって被告に対して書簡を送付したり、話し合いを行うなどしたが、被告の対応はいずれも不十分なものであったことが認められ、右の事実に前記認定の本件事故の原因や被告の責任事由等諸般の事情を併せ考えれば、二郎の死亡により原告らが被った精神的損害に対する慰謝料は、原告ら各自につき各二〇〇万円が相当であると認められる。

3  葬儀費用等

甲第一一ないし第一三号証、第一六号証、第一八号証の一ないし六及び弁論の全趣旨によれば、原告らが二郎の葬儀費用として合計約四八五万円を支出したこと、野沢温泉健命寺で行われた現地供養のための費用(供養代、原告ら及び列席者の交通費、宿泊費等)として合計五五万九一二〇円、被告との六回にわたる交渉のための費用(原告ら、原告ら代理人及びその他の参加者の宿泊費、交通費等)として合計四九万六七〇〇円をそれぞれ支出したことが認められる。原告らは、右支出のうち葬儀費用の内金三〇〇万円及び現地供養及び被告との交渉のための費用の内金一〇〇万円を請求しているところ、二郎の死亡時の年齢、死亡場所が野沢温泉スキー場であり、原告らの住所地と離れた場所であったこと等諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係がある葬儀費用は一五〇万円と認められ、その余については、本件事故と相当因果関係のある損害と認めることはできない。

4  原告らの相続

原告らが二郎の父母であることは前記一のとおりであるから、原告らは、二郎の損害賠償請求権を各二分の一宛相続により取得したことが認められる。

5  よって、右1ないし4によれば、原告ら各自につき、各四〇二七万六五六〇円の損害が認められる。

五  過失相殺

1  スポーツに一般的に内在する危険性については、本来、自己の判断、技術により予見し、これを回避することが原則であり、スキーコースを滑走するスキーヤーについても、自己の滑走しようとするゲレンデの状況等を把握し速度を調整するなどして事故の発生を未然に防止すべき注意義務を負うものというべきである。

ところで、前記三1(六)のとおり、二郎は、本件橋上を滑走中突然身体のバランスを崩し後傾姿勢となり、片足が地面から離れてスキーの制御ができない状態で、本件ネットに突っ込んでいったものであるところ、二郎が滑走中に身体のバランスを崩した原因が、本件橋上において滑走面の傾斜度が変化していたためか、本件コースには圧雪した上に数センチメートルの新雪が積もっており、右新雪にスキー板をとられて制御ができなくなったためか、滑走速度の出しすぎのためか、二郎が二〇三センチメートルの長いスキー板を使用していた(甲第一四号証、証人B及び同Cの各証言)ためか、確定できないけれども、他のスキーヤーなど二郎の滑走を妨害するものは周囲に存在しなかったことが認められるのである(甲第一四号証、証人B及び同Cの各証言)から、身体のバランスを崩し、制御できない状態を引き起こす滑走をした点において二郎の過失は免れないといわなければならない。なお、本件コース入口には上級者コースの表示があったが、本件スキー場のゲレンデガイドには本件コースは中級者から上級者向きとされていたのであり、二郎はウェーデルンがきれいにできるほどではないが、パラレルターンによる滑走であれば可能な程度の技術を有していたのであるから、二郎が本件コースを滑走したこと自体をもって過失とすることはできない。また、本件橋の手前には「はし」という表示の看板と「危険橋あり」との表示の看板が設置されていた(乙第一四、第一五号証〔乙第一六号証によれば、その他に「徐行」という表示の看板と「スピードダウン」という表示の看板が設置されていることが認められるが、乙第一四、第一五号証には右各看板は存在していないので、本件事故当時右各看板があったとは認められない。〕)が、仮に、二郎が滑走中に右各看板を見過ごしたとしても、そもそも、右各看板に注目して前記に認定した本件橋の危険性について具体的に認識することは困難であるといわなければならないから、右各看板を認識しなかったことをもって過失とすることはできない。

そこで、過失相殺の割合について検討するに、前記のとおり二郎においてスキーを制御できない状態に至らしめたことは二郎の過失によるものというべきであるが、意外にも死亡という最悪の事態に至った最大の原因は、被告においてスキーヤーが約一一メートル下にまで直接落下する危険性をはらんだ人工構造物である本件橋を設置し、スキーコースとして利用に供しながら、しかも、前記認定のとおりスキーヤーがスキーを制御できなくなって落下する危険性があることを具体的に予見できたにもかかわらず、スキーヤーの転落防止に備えて十分な安全性を有する防護ネットを設置しなかった点にあるというべきであり、そして、本件橋の部分に十分な安全性を有する防護ネットを設置することは高額な費用がかかるものではなく、容易に設置できたことなどの事情を併せ考慮すると、過失相殺として前記損害額の二〇パーセントを減額するのが相当である。

2  そうすると、前記損害額は、過失相殺の結果、原告ら各自につき、各三二二二万一二四八円となる。

六  弁護士費用

原告らがそれぞれ本件訴訟の提起及び追行を弁護士金澤優に委任したことは当裁判所に顕著であるところ、本件事案の内容、訴訟の経過、損害認容額、その他諸般の事情に照らすと、弁護士費用として原告ら各自につき二五〇万円を本件不法行為による相当損害と認めるのが相当である。

七  結論

以上によれば、原告らの被告に対する本訴請求は、原告ら各自について、被告に対し、三四七二万一二四八円及びこれに対する本件不法行為が発生した日である平成六年一月二七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法六一条、六四条、六五条一項を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官前田順司 裁判官小久保孝雄 裁判官日景聡)

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